医療・医学なんでもコラム

院長が日々診療に携わる専門家としての知見から、医療や医学について様々なテーマで語ります。現状の医療と医学の実情がわかるコラムです。

コラム21  あふれる医療ネット情報にふりまわされないために 

 糖尿病編

1,血糖値は高い方がよい?」

これも和田秀樹氏がよく言っています。糖尿病患者さんが高い血糖を放置しておけば次々に合併症を起こし、場合によっては死に至る、ということは医師であればだれでも知っています。これも高血圧の議論と同じで、糖尿病治療薬である血糖降下薬によって低血糖が起こり、それが病態を悪化させる、という議論にすり替わっているのです。実は糖尿病治療の世界ではこの「低血糖」のリスクは何十年も前から議論されており、下がりすぎは害になるというエビデンスが構築されています。そのため治療医は無理せず、その患者さんの糖尿病重症度に合わせて血糖を調整してきました。特に高齢者への低血糖リスクは生命予後に直結するので、ある程度あまい血糖コントロールであっても目をつぶっているというのが実際のところです。しかし、最近は低血糖リスクの極めて低い治療薬がでてきました。私も多くの患者さんでそのような薬を処方しますが、低血糖と思われる症状が出た人はいません。それでも低血糖が心配という患者さんには、自分で血液をしぼりとらなくても血糖値を測定できる「リブレ」という腕に貼るパッチタイプのセンサーで非観血的に血糖を随時測定してみることをお勧めします。

ーム | アボット

このパッチは7000-8000円とやや高額ですが、2週間連続使用でき、血糖値と食事との関係、時間との関係など血糖変動のことを学べるチャンスになるので1度は装着してみるとよいと思います。パッチはネット購入でき、スマートフォンでスキャンしてデータを保存もできます。当院ではコントロールが難しい患者、自分の意志で食事と血糖の関係を明らかにしたいという治療を兼ねた向学心のある方に装着して、データを共有しています。この試みは患者の食生活に極めて有益な情報が得られるのでお勧めしています。このように随時血糖がわかる時代においては低血糖が起こるリスクはインスリン分泌がある程度保たれている2型糖尿病患者では低くなっています。また、食生活と投薬を工夫すれば非糖尿病者に近い血糖コントロールも可能かもしれません。特に60歳以下の若い糖尿病患者においては厳格なコントロールにより将来の合併症の確率をできるだけ下げる努力が必要と思います。

2.血糖値と予後のエビデンス

では実際には血糖値はどのくらい下げるとその後の病気の発症や寿命に影響を受けるのでしょうか? 様々な大規模研究が行われています。

イギリスで行われた3642例が登録されたUKPDS研究ではHbA1cと予後の関係が記されています(BMJ. 2000 Aug 12;321(7258):405–412)。西暦2000年出版でやや古い論文ですが、図1のようにHbA1cが高いほど糖尿病関連死亡が増加していることがわかります。この論文だと血糖管理は低ければ低いほどよいというようにも見えます。その後の代表的な研究であるADVANCE試験(11,140例を対象にしたランダム化研究:NEJMという有名雑誌に掲載)では、HbA1c6.5%以下を目標にした群とそうでない群にわけてその後5年以上の予後を観察しています。2008年出版でやや古いトライアルにはなりますが、HbA1c 6.5%以下の血糖強化療法群では糖尿病性腎症の発症率を下げ、それにより大血管+微小血管イベントが10%低下したという結果が得られました。両群のHbA1c値の平均は強化群6.53%、非強化群7.30%で、最終の血管イベント率がそれぞれ18.1%、20%です(図2A,2B)。確かに10%下げたという結果で統計的に有意差はあるのですが、血糖下げる努力の割にイベント率が18%もあるのかという悲観的な意見もあると思います。この研究の登録患者にはすでに心血管病の既往患者が30%程度含まれているというのもイベントが高くなった理由かもしれません。血糖コントロールを強化するのも大事だが別の血管病予防である血圧や脂質異常の改善なども併せて強化する必要があると思われます。

また、糖尿病には血管障害以外に癌や認知症の発生率が高いことが知られています。日本の研究のメタ解析では、糖尿病患者は非糖尿病と比べて。大腸がん(ハザード比:HR=1.40)、肝臓がん(HR=1.97)、膵臓がん(HR=1.85)、胆管がん(HR=1.66、男性のみ)など、特定の部位のがんにおいて統計的に有意なリスク上昇が認められました。他の部位においてもリスク上昇が示唆され、糖尿病は日本人における全がん発生率を全体的に20%増加させる要因であることが明らかになりました(Cancer Sci. 2013 Aug 25;104(11):1499–1507. )。しかし、癌の発生とHbA1c値との関連は乏しいというのが現状のエビデンスのようです。

認知症の発生については、2012年にそれまでの有数の予後を解析した論文のメタ解析を行った結果、脳血管障害からくる血管性認知症だけでなくアルツハイマー型認知症についても糖尿病患者でより高頻度に発病することが明らかになっています(J Diabetes Investig. 2013 Apr 26;4(6):640–650)。この論文ではアルツハイマーの発病は糖尿病患者で1.56倍のリスク、血管性認知症のリスクは2.27倍、全認知症では1.73倍のリスクがあると示されています。HbA1cとの関係については近年の論文で、HbA1c 6-7%が最も低いリスクで、9以上になると有意に認知症の発生率が高くなることが示されています(図3)(JAMA Neurol. 2023 Apr 17;80(6):597–604.)。 

3.私の結論

糖尿病を発症した人の血糖コントロールの重要性はこれまでの膨大な研究データから明らかであることがわかります。しかも、高血圧や脂質異常といった血管リスク因子と比べて、生活習慣の変化によって血糖コントロールは大きく変化します。幸い、医師による治療においては近年、低血糖を起こしにくい薬剤が主流になっており、薬で低血糖という”副作用“はかなり減りました。しかし、高血糖についてはかかりつけの医師の治療だけではどうにもなりません。実生活における糖質や炭水化物のコントロールに常に目を向けて定期的な医師の指導のもと良い血糖値の管理を継続してください。

コラム20 あふれる医療ネット情報にふりまわされないために  

高血圧編

ネットが普及して以来、専門家と称する人たちがその専門知識をネットで公開するようになってきました。専門家であればまだ良いのですがSNSの時代になると、多くの人がアクセスするXなどで医療の素人たちが噂に近い医療情報を流すようになり、それを信じた患者さんが既存の医療に対して不信感を持つようになっています。上から目線のテレビメディアは(ネットなどで配信される)かような医療情報には注意してよく検証して対応しましょう、などと報じています。しかし、素人の方でそれを検証することは困難でしょう。また、専門家の意見だからといって、それを誤って解釈して実践するとご自身の健康被害を増やすことになります。医療情報はある特定の人に対するものではなく、ある大きなカテゴリー(たとえば高血圧の人、コレステロールが高い人たち)に対して、述べたものが多く、個別に当てはまらない人たちがいるのも事実です。医療というのは個々の患者さんに当てはまる相応しい医療を実践することが重要であり、通院されている人は是非、疑問に思った情報については主治医に相談することをお勧めします。ここでは少し具体例を挙げて、このような時にどう対処したらよいかを考えていきます。

  • 血圧は高い方がよい? 

医師で医療ジャーナリストの和田秀樹氏がしばしばこのような発言をし、時々炎上しているのを目にします。血圧は下げた方がよいという一般的なエビデンスに反することを主張しているので無理もありません。私の患者さんの中にもこういう意見を耳にして、自分の降圧治療は大丈夫なのかと疑問を持つのも無理はないでしょう。患者さんの中には「血圧の薬を飲むと認知症になる」と聞いた、と言って血圧の薬を拒否しようとする患者さんも診られます。和田氏の真意は別として「血圧が下がりすぎるのは良くない。」というのは事実でしょう。血圧の管理で難しいのは高血圧患者で最も高くなる時間帯(朝がしばしば最高値になる)に合わせて薬を処方すると、別の時間帯に血圧が下がりすぎてしまうことがあります。多種類の降圧薬を処方する人にしばしば起こります。高血圧ガイドラインでは、75歳未満の血圧管理は130/80 mmHg未満、75歳以上は140/80mmHg未満ですが(2025年8月の新たなガイドラインでは一律に130/80未満を推奨)、私は朝の血圧がそれよりやや高めでも診察室内での血圧が基準値内で夕方の血圧が十分下がっていればそれで良しとしています。低血圧で問題なのは頭がぼーっとする、立ち眩みで場合によっては転倒のリスク、特に高齢者では夜間の血圧が下がって家の中で転倒、骨折を招くことがあり、それが認知症の糸口になることがあります。「血圧の薬を飲むと認知症になる」という三段論法はここから来たものかもしれません。

高血圧は動脈硬化を促進し、脳血管障害や狭心症・心筋梗塞のリスクとなる重要な病態です。冬の寒い日には心不全で緊急入院する患者さんが増加しますが、その最も多い原因が高血圧です。降圧は非常に重要ではありますが、治療を受ける際には低血圧にならないよう主治医の先生に血圧管理してもらってください。その際、1日2回以上の自己血圧測定は診療の助けになります。患者さん自身の積極的な治療への協力がより良い治療に導きます。

  • 「血圧の薬を始めると一生飲むことになるので飲みたくない」

健診で高血圧を指摘されて来院される患者さんに、このような意見を述べる方がたまにおられます。患者さんの真意としては「血圧の薬飲む→自力で血圧を下げる能力が低下し、薬依存になる」という懸念だと思います。逆に降圧薬を服用し始めて血圧が下がると、それで自分は高血圧が治ったと思って薬をやめてしまうことがありますが、これも勘違いです。高血圧は一般的には遺伝的な要素が強く、生活習慣が悪いというのは原因の一部にすぎません。ある年齢に達することで高血圧発症に関連する遺伝子が発現して高血圧を発症するいわゆる「本態性高血圧症」がほとんどです。従って、降圧薬を服用しないと高いままだし、服用してもやめてしまうと血圧は元に戻って高くなってしまいます。塩分を過剰に摂取している人は減塩してみる価値はありますが、あまり変わらない人が多いと思います。生活習慣を変えても血圧が下がらない場合にはあきらめて薬を継続して飲みましょう。また、血圧の薬に耐性はありません。血圧が増加傾向で薬の量が増えることがありますが、これは患者さん自身の高血圧が悪化したためと思われます。急に血圧が高くなる場合には二次性高血圧といって昇圧作用のあるホルモンが過剰に分泌するために起こる高血圧症に罹っている可能性があります。その場合には主治医にそのようなホルモン(カテコラミン、アルドステロン、レニン活性など)を測定してもらってください。

昔、降圧薬がなかった時代の人は高血圧症になっても放置されていました。そのためとくに脳血管障害が非常に多かったようです。特に東北地方の人たちは寒さと過剰な塩分摂取により高血圧が進行したと推察されます。降圧薬ができて社会的にも降圧治療を広く行うようになった現代では脳血管障害患者は激減しています。このようなことからも降圧薬治療の必要性を感じることと思います。

高い血圧を長いこと放置していた場合には治療を始める際に多種類の血圧の薬を処方することになります。それらの薬はあまり減量できません。従って高血圧の治療は初期から受けてください。初期から薬を開始すれば動脈硬化の進行を抑制し、高血圧の進行も緩やかになるために降圧薬の種類も少なくてすみます。最終的に健康への影響を考えるとコストパフォーマンスは良好といえます。

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