かつて医療は医師の経験や、薬であればその作用機序と病理の関係から理論的と思われる治療に基づいて行われていました。例えば、狭心症であれば冠動脈という血管が狭窄しているので冠動脈を広げる作用のある硝酸薬(俗にニトロともいう)を毎日服用してもらえば狭窄を予防できるであろうと考えられていました。喘息についても気管支が狭窄する病気なので常に開いておけば予防できると言う判断でキサンチン製剤(テオフィリン)という気管支拡張薬を毎日服用することが治療のスタンダードでした。しかし、狭心症も喘息もそのような治療では再発を十分予防できませんでした。狭心症では胸痛がある場合には多少の症状の緩和があるものの心筋梗塞の発症を防ぐことができませんでしたし、テオフィリンで喘息の発作を予防するには限界がありました。最近では多くの症例を登録してその後の患者さんのイベント(再発、新規発症や死亡)を調査して得られたエビデンス(証拠)に基づいた治療が推奨され、治療ガイドラインに記されるようになりました。その結果、狭心症では血栓予防薬であるバイアスピリンや狭窄の原因となるプラークの進展を予防するスタチン系抗コレステロール薬、その他動脈硬化の原因となっている患者個人のリスク低減治療(糖尿病や高血圧)がスタンダードな治療とされています。気管支喘息ではその後開発されたステロイド吸入薬と気道炎症を予防する抗ロイコトリエン薬の内服が有効とされています。従来使われてきた血管や気管支を広げる薬は急性増悪の場合にのみ推奨される薬剤に位置づけられています。いずれも病気の原因とされる機序に切り込んだ治療法がエビデンスレベルの高い治療となりました。このように、経過を追って治療効果を明らかにすることで有効性を確認、つまり証拠(エビデンス)をつかんで得られた医療をエビデンスに基づく医療(Evidenced Based Medicine=EBM)といいます。医学の進歩は新たな治療法を開発するだけでなく、従来の薬の見直しと既存の病態研究によりどのような治療が予後を改善するかを教えてくれます。現在、様々な疾患において現状の治療法が病状の悪化や再発を予防できているか経過を追って調べているところです。一部の治療は意味がないどころか逆に害になる治療法であることもあります。治療とその後の予後の関係を調べたエビデンスレベルによって疾患のガイドラインが作られ、推奨されない治療は今後消えていき、保険診療も制限される可能性があります。欧米ではすでにエビデンスのない治療は保険診療が査定されています。医師もガイドラインなどに発表されるエビデンスを知っておかないと漫然と意味の無い治療を続けることになり患者さんに利益をもたらさないでしょう。
次回は「エビデンスに基づく医療は万能なのか?」を紹介します。