医療・医学なんでもコラム

院長が日々診療に携わる専門家としての知見から、医療や医学について様々なテーマで語ります。現状の医療と医学の実情がわかるコラムです。

コラムNo.6 エビデンスに基づく医療は万能なのか?

エビデンスに基づく医療(EBM)がどのようなものか前回のコラムでご理解頂けたと思います。それでは診療はすべてEBMに則って行わなければならないのでしょうか?答えはNoです。EBMはあくまで診療を行う上での指針となることは間違いありませんが、EBMがそのまま適用できるのはその疾患の典型的な患者さんです。以前、循環器診療の世界で大変センセーショナルな大規模試験の結果が得られました。COURAGEトライアルという試験です。十分な薬物療法を受けている安定型狭心症(冠動脈に狭窄病変があり胸痛も起こすが、狭窄病変が進行性では無く心筋梗塞へ移行する可能性が低い安定した狭心症)患者に対してカテーテル治療(PCI:ステント挿入術)はしてもしなくても予後は変わらない、と言う結果が出たからです。PCIの専門医たちはこぞってこの結果を批判しました。なぜなら自分たちのやっている治療が否定されたと感じたからです。このエビデンスに基づく治療を実践しようとすると、安定型狭心症の患者さんは侵襲性があり且つ医療費もかかるPCIは行わない方が良いということになります。それではこの結論は正しいのでしょうか?実はこれがEBMの盲点です。研究結果で重要なのは結果の解釈です。その後、別の論文で(COURAGEトライアルサブ解析)、この研究のPCIを行った群をさらに高度の心筋虚血を伴っていた症例とそうでない症例に分けて予後の解析をしたところ、高度虚血群ではPCIによる予後の改善(心事故や死亡の回避)が得られたのです。つまりこのトライアルの正しい解釈は、PCIを行った群の中に予後改善の有効例と無効例があり、平均化すると行わない例と変わらない。しかし高度の虚血を伴う場合にはPCIが予後改善に有効である、ということです。このCOURAGEトライアルについては別の機会にさらに解説したいと思います。

     一般にEBMの元になる研究は大規模研究が多く、あくまで対象例のマジョリティーが当てはまるエビデンスといってよいでしょう。それ故にマイノリティーが無視される傾向にあります。合併症の多い患者さんや超高齢者なども研究から除外されており、EBMを実践する場合には個々の患者さんの事情をよく考慮して治療を選択する必要があります。

また、医学は進歩していますからEBMも時代とともに変わってきます。癌治療を例にとると、エビデンスに基づく標準的治療がガイドラインに紹介されていますが、近年個々の癌細胞のゲノム解析結果から治療法を決める動きがあり、個別化医療が進んでいくと思われます。それに伴い治療ガイドラインも今後変わっていくでしょう。

次回は「狭心症と虚血性心疾患」です。

文献)

1.Boden WE, et al. Optimal medical therapy with or without PCI for stable coronary disease.N Engl J Med. 356(15):1503-16. 2007

2.Shaw, L. J. et al. Optimal medical therapy with or without percutaneous coronary intervention to reduce ischemic burden: results from the Clinical Outcomes Utilizing Revascularization and Aggressive Drug Evaluation (COURAGE) trial nuclear substudy. Circulation 2008;117:1283-1291

コラムNo.5 エビデンス(証拠)に基づく医療って何?

かつて医療は医師の経験や、薬であればその作用機序と病理の関係から理論的と思われる治療に基づいて行われていました。例えば、狭心症であれば冠動脈という血管が狭窄しているので冠動脈を広げる作用のある硝酸薬(俗にニトロともいう)を毎日服用してもらえば狭窄を予防できるであろうと考えられていました。喘息についても気管支が狭窄する病気なので常に開いておけば予防できると言う判断でキサンチン製剤(テオフィリン)という気管支拡張薬を毎日服用することが治療のスタンダードでした。しかし、狭心症も喘息もそのような治療では再発を十分予防できませんでした。狭心症では胸痛がある場合には多少の症状の緩和があるものの心筋梗塞の発症を防ぐことができませんでしたし、テオフィリンで喘息の発作を予防するには限界がありました。最近では多くの症例を登録してその後の患者さんのイベント(再発、新規発症や死亡)を調査して得られたエビデンス(証拠)に基づいた治療が推奨され、治療ガイドラインに記されるようになりました。その結果、狭心症では血栓予防薬であるバイアスピリンや狭窄の原因となるプラークの進展を予防するスタチン系抗コレステロール薬、その他動脈硬化の原因となっている患者個人のリスク低減治療(糖尿病や高血圧)がスタンダードな治療とされています。気管支喘息ではその後開発されたステロイド吸入薬と気道炎症を予防する抗ロイコトリエン薬の内服が有効とされています。従来使われてきた血管や気管支を広げる薬は急性増悪の場合にのみ推奨される薬剤に位置づけられています。いずれも病気の原因とされる機序に切り込んだ治療法がエビデンスレベルの高い治療となりました。このように、経過を追って治療効果を明らかにすることで有効性を確認、つまり証拠(エビデンス)をつかんで得られた医療をエビデンスに基づく医療(Evidenced Based Medicine=EBM)といいます。医学の進歩は新たな治療法を開発するだけでなく、従来の薬の見直しと既存の病態研究によりどのような治療が予後を改善するかを教えてくれます。現在、様々な疾患において現状の治療法が病状の悪化や再発を予防できているか経過を追って調べているところです。一部の治療は意味がないどころか逆に害になる治療法であることもあります。治療とその後の予後の関係を調べたエビデンスレベルによって疾患のガイドラインが作られ、推奨されない治療は今後消えていき、保険診療も制限される可能性があります。欧米ではすでにエビデンスのない治療は保険診療が査定されています。医師もガイドラインなどに発表されるエビデンスを知っておかないと漫然と意味の無い治療を続けることになり患者さんに利益をもたらさないでしょう。

次回は「エビデンスに基づく医療は万能なのか?」を紹介します。

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